「助け合い=責任の分担」という考え方

help結婚・・若い層が結婚しないという話はよくありますが、実は熟年結婚は、かなりの勢いで増加しているそうです。

年齢を経てからの入籍志向は、やはり介護や病気関係という理由が多いようですね。介護という形でもスキンシップをする相手がいる方が良いという願望は、なかなか素敵です。

しかし、現実には、どちらかというと何かの病気になった際に「ご家族の同席」などに引っかかるという理由が多いようですね。単純に介護や看護、助け合いの老後を考えたら、籍にこだわる必要もないと思うのですが、やはりこの点がネックになるようです。

まったく別の条件として、今の高齢者はある程度、お金があるという打算的な理由もあるようですが、始めから公言しておけばむしろ清々しいとも言えます。とはいえ、この件で、子どものいる人などの場合、結婚が一筋縄ではいかないこともあるようですが。しかし、今後の世の中の流れを考えたときに「血縁」を重んじるのは、どうにも無理があるように思えます。少子高齢化で単純に血縁者がいない、またまったく付き合いがないということは珍しくありません。でも病気になり、手術をするときに説明を聞くのは「家族限定」なのです。

このためだけに都会から帰ってきた、普段親のことを考えていない人と、いつも接している近所の人と比べると、どうにも矛盾を感じてしまいます。血縁者でなくてはいけないのは、要するに他人が個人情報に入り込むのには問題があるということでしょう。だとしたら本人が誰か身近な人を指定できるようにしてもいいと思うのですけどね。

ヘルパーや保健師などは病院の同行が可能ですが、持病がある人にとって、病気は生活から切り離せるものではなく、本人の生き方の一部です。病気部門だけ把握してくれる、というのは悪くはありませんが、何となく取ってつけですね。例えば認知症や、ちょっとした後遺症の場合、本人の性格や日常の暮らしを知っていれば、手助けすること、放っておいた方がいいことの区別が出来ます。何でも手を出してしまい、寝たきりに近づいたりするような紋切り型の弊害は減ります。

家族代わりの存在と言えば、成年後見人もそうですが、こちらは法的なこと、金銭的なことしか関わることが出来ず、病院への付き添いは出来ません。当事者にすれば、事柄別にバラバラの人にお世話になることになりますが、これは後見人、これはヘルパー・・というのは、何だか気分的に面倒くさそうです。

結局、家族というのが1番よい、ということになるのですが、3人に1組が離婚すると言われる時代、そうすると逢ったことのない子どもが、いきなり病院の付き添いに来るということになるわけです。いわゆる絵に描いたような家族~両親、子ども、日頃の会話や情報共有は完璧、お互いを思いやっているという家族なら、あまり問題はないかもしれません。でも、この状況でも子供は共働き=多忙、ヘルパー依頼~話がイマイチ解らないということもありがちです。せめて病院の付き添い、立ち会いのハードルを下げてもいいと思うのですが。本人が納得しており「病院にこのことで迷惑をかけません」と言えればいいのでは、と思うのです。

そもそも、病院の立ち会い~原則家族というようなことが多いからこそ、家族という形態に窮屈さを感じて、既存の家族の形が壊れつつあるのではないでしょうか。在宅介護の場合、家族が説明を聞かなければいけなかったりするんでしょうか。例えば主に介護を担っている人が疲れて、休養を取っているとき、近所の人が代わりにきてくれたとしましょう。よほど、大きな話ならともかく、ちょっとした指示程度は別人が聞いてもいいと思うのですがね。この場合「家族に伝えられず、きちんとした指示が行き渡らず過失が起きた」というときに、病院に責任を問われてしまうのが困るため、血縁以外の者には言わないということになりそうですが、血縁者なら大丈夫ということもありません。

「家族」という単語に責任をかぶせるのはどちらかというと医療従事者の方です。医療に限らず、国家が仕切ることの中には「家族の方が~」というものは多いですね。戸籍を作る大元の場所なので、解らなくもないのですが、戸籍主義というのも、こういう世の中になってくるとどうなのか、と思うのです。現実には、責任を被るのが家族であるせいで起きてしまう悲劇もあります。実際、こういうマイナス面が目につくから婚姻率が落ち、しかし生命の終わりに「病院の付き添いが・・」に不安を感じ、熟年結婚が増えるのではないでしょうか。

また「家族」をベースにしているため、少子化になっている面もありますね。未婚でも周囲に助けがいっぱい、という人であれば、当たり前に出産するような環境があってもいいと思うのです。「家族という病」という本がありましたが、家族という形を追い求めて、病気が治る環境が整わなかったり、老後の不安を感じるのであれば、家族でない人間が、個人に対して責任を持つという方へシフトする方が良いです。

ここで大事なのは、過剰な自己責任論ですね。例えば誰かを「医療後見人」として名指ししてトラブルが起きたときに、その当事者を過剰に責めては、どんどん窮屈な社会が出来ていきます。「世間は助け合い」という前提でモノを考えることが必要な時代、助け合いとは責任の分担でもあると思うのです。


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